英国で10ヶ月間生活するためには税金を払わなければいけない。私の英国滞在ビザでは英国内で働くことができないので所得税を払う必要はないが,council tax という固定資産税を払わなければならない。council tax とは英国における家屋の評価額による地方税のことであり,community charge と呼ばれることもある。固定資産税なのだから,大家さんが払うべきだろうと考えてしまいがちだが,テナント(貸借人)が払う場合が多いようである。英国滞在予定で家をお探しのときには,家賃だけではなく,council tax の額も家探しの重要な比較材料となる。

ケンブリッジに到着した日,大家さんから Mandela House (ケンブリッジの税務署)へ行き,council tax の手続きをするように言われた。そこで数日後の4月2日に Mandela House でcouncil tax の申請書を書き,提出した。対応してくれた人は “overseas discount” といって,海外で家を保有している人は税金が半額になりますよ,そして1ヵ月後くらいに税金の書類が郵送されますと,にこやかに言った。その書類を待ったが,1ヶ月たっても届かなかった。5月の British worker を経験していたので,慌てることはなかった。これが英国だ。税金の請求書など来ないに越したことはないのだ。

少し気になりだした6月7日に手紙が届いた。Overseas discount するためには,海外に家を保有している証明書が必要なので,そのための書類(たとえば,地方税の請求書,あるいは公共料金の請求書)を提出するようにと,その手紙には書かれていた。いったい2ヶ月間,なにをやっていたのだろうか? 公共料金の請求書といわれても,宇都宮の自宅の電気,ガス,水道,電話は,すべて止めてきてしまったので,そんなものあるわけがない。また,地方税は毎月給料から自動引き落としなので,その請求書なんて見たことはない。

どのような書類を出すべきかよくわからなかったので,ケンブリッジの日本人滞在者に聞いてみたが,そのような書類を出した経験をもつ人はいなかった。大家さんもこんなことは初めてだ,と言った。また,「家を保有する(maintain)」という定義もよくわからなかった。私は日本では官舎を借りており,自分で家を「所有」しているわけでないのでディスカウントされないのかとも思ったが,私と同じように日本では官舎住まいの人もちゃんとディスカウントされていた。どうやら Mandela House の担当者によって,対応がまったく違うようなのである。ある滞在者は,先生なのに学生扱いになって council tax を免除されたり,また,「あなたが日本で家を保有していると言う言葉を信じるので overseas discount しましょう」と担当者に言われた人がいたりした。どうやら私はまじめな杓子定規な担当者に当たってしまったらしい。

Overseas discount のための書類が必要だという手紙を受け取った数日後には,overseas discount されていない正規の council tax £1,500(なんと約30万円!)の請求書が郵送されてきた。請求書担当の別の人が送ってきたものらしい。私は慌てた。まず,給料の明細書(これには地方税の引き落とし額が記入されている)を提出したが,まじめな担当者は「ダメ」といった。いろいろ考えた末,6月の給料袋に一緒に入っている「平成15年度 市民税・県民税 特別徴収税額の通知書(納税義務者用)」の存在を思い出し,それを日本から送ってもらうことにした。それを自分で英訳してMandela House に提出した。受け取った女性は,“Perfect, Lovely” (英国では,会話のときに “Lovely !” と相槌を打っておけば間違いない)と言い,数日後に新しい請求書を送るから待っていてくださいと言った。私はまだまだその言葉を信じられなかったが,1週間後,50%ディスカウントされた£750 (約15万円) の請求書が自宅に郵送されてきた。7月9日のことだった。結局,申請書を提出してから決着するまで3ヶ月以上かかってしまった。これが英国モードだ,役所も British worker だとつくづく実感した。こちらに来て誰かの本の題名にあったのだが,「アバウトで幸せな英国人,まじめで不幸せな日本人」というフレーズが妙に頭の中に引っかかった。

この 15万円の税金が高いか,安いかは,議論の分かれるところであろう。私は他の国に長期滞在したことがないので,もしかしたら他の国ではまったく税金を払わなくてもいいのかもしれない。

我が家の場合,こども二人が地元小学校に通っているが,義務教育なので一切お金はかからない。日本だと教材費とかいろいろな負担があるが,そのようなものはない。ただし,給食は希望者のみで1日当たり約1ポンドを支払う。また,英語をしゃべれない子供担当の教師が時々こどもたちに個人指導を行ってくれる(あまり頻度は多くないが)。さらに,英語を母国語としない母親のための英会話教室が毎週1回小学校で開かれ,ケンブリッジ大学の先生が教えに来てくれるが,それも無料である。ケンブリッジには世界中から研究者,学者が,短期,あるいは長期滞在するので,このようなシステムが充実しているのだろう。英国の他の都市とは比較にならないかもしれない。英会話スクールに二人の子供と母親が10ヶ月間通うことを考えたら,これだけでも年間15万円以上の価値はある。

また,NHS (National Health Service) というシステムがあり,われわれのような外国人も無料で治療を受けることができる。もちろん,GP (General Practitioner) と呼ばれる何でも屋のお医者さんがすぐ診察してくれないなど,いろいろな問題を含んでいるが,とりあえず医療費は無料である。ただし,歯医者だけは別で,治療費がべらぼうに高い。しかも,われわれ旅行者が通常入る海外旅行傷害保険では歯医者の治療費は対象外としていることが多いので,歯の悪い人は注意が必要である。

このように,教育・医療面については,外国人居住者に対しても非常に手厚い。ただし,忘れていけないことが一つある。それは付加価値税(VAT)が17.5% と非常に高率であることだ。したがって,われわれが英国で買い物をするたびに,英国の税歳入に貢献していることになる。