「小切手を切りましょう」, なんと素敵な言い回しだろうか。これは外国映画の中だけのセリフだと思っていたが,英国に住むと “pay in cheque” (小切手払い) は日常生活で欠かせないものになる。なお, cheque は小切手のイギリス英語で,アメリカ英語では check になる。
英国に10ヶ月滞在するに当たり,日本円をどのようにして英国のスターリングポンドに換えるのが最もよい方法なのかよくわからなかったので,いろいろに人に意見を聞いてみた。その結果,大きく分けて二つの立場があった。
私は日本ではみずほ銀行を利用していたが,普通口座の他に貯蓄口座を開設すれば,海外のATM (automatic teller machine,cash dispenser (CD) ともいうが) でも cirrus というマークのあるところであれば,インターナショナルキャッシュカードを用いて現地通貨で現金を引き出すことができることがわかった。たぶん他の大手銀行も同様のサービスをしていると思う。しかしながら,このサービスにはつぎのような問題点がある。
(1) 1回の引き出しにつき手数料が200円くらいかかる。
(2) 英国の場合,1ポンド引き出しにつき4円の手数料がかかる。
(3) 1回の引き出し限度額は50万円である。ただし,英国の ATM の場合,1回につき最大100ポンド(Barclays 銀行だけは最大 300 ポンド,すなわち約6万円)しか引き出すことはできない。
したがって,大金を引き出す場合には,何度も引き出しを行わなければならず,煩わしいし,引き出しの都度,手数料がかかってしまう。
日本の郵便局も CITI BANK と提携しており,「郵貯ワールドキャッシュ」というカードを作れば,郵便貯金から現地通貨を引き出すことができる。ただし,この場合も1回につき手数料は200円かかり,海外で利用するために,出国前に手続きをしておく必要がある。
英国に着いてしばらくの間は,このインターナショナルキャッシュカードを使って,現金を引き出していた。現地での買い物はクレジットカードを用いればよいので,現金はそれほど必要ないと思っていたからである。「地球の暮らし方:イギリス(ダイヤモンド社)」によると,英国で銀行口座を開設することは面倒で時間がかかると書いてあったことも,口座開設に積極的でなかった理由である。しかしながら,月々の家賃の支払いや,電気,ガス,電話などの公共料金の支払いを現金で行うのは面倒なので,英国で銀行口座を開設することにした。
親切なことに,大家さんが自分の取引銀行に連れて行ってあげるから,そこで口座を開きましょうといってくれたので,一緒にケンブリッジの街中にある Barclays 銀行に向かった。Barclays 銀行は口座を開設するのに最も条件が厳しい銀行だそうだが(一方,簡単なのは Lloyds 銀行やAbbey National だそうである),必要な書類が揃っていれば問題はない。具体的に,開設に必要な書類とは,
1) 口座開設申込書
2) 身分証明になるもの(パスポート,ビザなど)
3) 在勤証明書(学生の場合には在学証明書)
4) 英国に住んでいるという証明書
などである。
英国に駐在する大企業所属の人にとっては銀行口座の開設など何の造作もないことであろうが,地方国立大学という中小企業の教員が10ヶ月という中途半端な期間,英国に滞在することになると,このような作業がもっとも難しい。だれもノウハウを教えてくれないし,教えてくれるようなシステムができていないからである。毎年,何十人(あるいは何百人)もの国立大学教員が,文科省の在外研究員として海外へ長期出張しているのだから,このようなノウハウは小冊子か何かとしてまとまっているかと思ったが,どうやらそうではなく,個人的なネットワークで情報が伝わっているだけのようである。非常に古典的で非効率的なシステムである。平成16年度から国立大学は独立法人化されるが,それに伴って,文科省の在外研究員というシステムもなくなるそうである(たぶん? 独立法人化に関する情報は,しょっちゅう変化するので,もしかしたら違っているかもしれないが)。予算だけ各大学に配分するから,各大学で勝手に教員の派遣を行ってほしいということらしい。ますます,小さな大学では海外長期滞在のノウハウは伝わりにくくなっていくことだろう。
話をもとに戻すと,まず,1) の書類については,銀行にいって申請書をもらって記入すればよい。また,銀行口座を開設しようとする人は当然 2) はもっているだろう。3) については,私の場合にはケンブリッジ大学工学部からの招聘状 (invitation letter) を提出した。4) についてはいろいろな証明の方法があるが,私の場合,私がケンブリッジのある住所に間違いなく住んでいるという証明書をケンブリッジ大学のレターヘッドを使ってタイプしてもらってくださいといわれた。大学に戻って,秘書さんに書類を作成してもらったので,これについても問題なかった。4) のために,他の銀行で英国での公共料金の請求書を提出してくださいと言われた人もいた。そこに間違いなく住んでいるという証明に公共料金の請求書の提出を要求することは,“council tax” のところでも出てきたが,英国ではよくあるようだ。しかしながら,電気やガスなどの請求書は3ヶ月に1回くらいの頻度でしか来ないので,これを待っていると時間がかかってしまうので困ったものである。
さて,私の場合,問題なく銀行口座を開設できたが,驚いたことに,英国では「銀行通帳」がないのである。また,口座を開設するときに,日本では1万円とか千円とか預金するが,その必要もない。では,どうすればよいのかと,銀行の人に聞いたら,待っていれば小切手帳とキャッシュカードが自宅に郵送されます,と言われた。口座開設の手続きをして約1週間後に,小切手帳が届いた。さらに,キャッシュカードも届いた。まだ,私は1銭も,いや1ポンドも預金していないのに,小切手帳とキャッシュカードが届いたのには驚いた。また,このレスポンスの速さは,英国で経験したいろいろな事務手続きの中でも最も速いものだった。しかし,これだけで英国の銀行を信用してはいけないようで,地球の暮らし方によると,英国の銀行はよくミスをするので,金額などの数字をよくチェックするようにと書いてあった。なお,銀行通帳の代わりに,月に一度 Current account statement が送られてきて,その月の銀行取引(預金と支出)の明細を見ることができる。もちろん,インターネットバンキングもできるので,インターネット上で自分の口座の取引を確認することもできる。
つぎの問題は,どのようにして日本円を Barclays 銀行に預金するかであった。まずは,みずほ銀行のインターネットバンキングを使って,日本の口座から Barclays 銀行に振り込もうと試みたが,これはできないといわれた。日本にいたときも,英国に現金を送金しようとしたことがあるが,銀行を用いると手数料がとても高いし(5000円以上かかるといわれた),しかも宇都宮という地方都市の支店だったので,海外送金には慣れていないようだった。日本の銀行は世界の市場に対してグローバル化されているのだろうかと,とても不安になった。結局,郵便局からの海外送金が最もわかりやすく,しかも手数料が安かった(確か1400円だった)。大学の隣の郵便局で手続きをしたが,マニュアルがあり,それに沿って局員が親切に対応してくれた。
そこで,今回も日本にいる家内の両親に頼んで,郵便局から Barclays 銀行に日本円を振り込んでもらった。これならば,1回につき,50万円あるいは100万円という多額のお金を手数料1400円で振り込むことができるので,インターナショナルキャッシュカードで毎回手数料200円を払うことを考えたら,7回の引き出しで元が取れる。また,日本で手続きをした数日後にはちゃんとこちらの口座に振り込まれていた。これで,英国内で英国のキャッシュカードと小切手帳を使う準備は整った。
ケンブリッジの街にはたくさんの ATM がある。英国の他の都市でも同様だろう。日本では ATM は個室になっているところが多いが,こちらでは道路沿いにむき出しに ATM が設置されている。最初は,怖くて利用しにくかったが,慣れてしまえばなんともない。日本と同じようにキャッシュカードを利用することができる。ATM は現金が中にある限り,24時間利用できるし,しかも他の銀行のATM を使っても手数料は取られない。日本の銀行だったら,同じ銀行でも時間外だと手数料を取られるし,他行であればもちろん手数料を取られる。なぜ,時間外だとお金を取られるのだろうか? ATM の電気代が時間外だと違うのだろうか? 時間外にはコンピュータを止めてしまうのだろうか? 釈然としないものがある。今回は日本の銀行の悪口が多くなってしまったが,銀行のシステムに詳しくない理科系の私から見ると,日本の銀行は一般市民に対してどんなサービスをしているのか,よく見えない。時間外に1回引き出す手数料105円を利子として得るためには,10万円の預金を1年間しておかなければならないという数学が,平気でまかり通っている世界を信用できない(ただし,金利を0.1%とした)。
さて,問題は小切手帳の使い方であった。日本では小切手を使ったことはほとんどなかった。一度だけ100万円の小切手を受け取ったことがあるが,それを銀行にもって預金するまで,気が気でなかった記憶がある。英国では,電気代や電話代などを支払うとき,いろいろな方法があるが,最も簡単な方法は,料金分の小切手を切って,それを支払い先に郵送することである。このように相手先を指定したものを線引き小切手(あるいは横線小切手)ということも,恥ずかしいことにこちらに来て始めて知った。なお,線引き小切手は口座に入金する以外は現金化できないので,他人に使われる心配はない。
最初は小切手帳への記入の仕方が全くわからなかった。地球の暮らし方にも書いてあったのだが,ケンブリッジ在住の親切な日本人の方に教えてもらってようやく小切手帳の記入法を理解した。相手先の名前と,日付,金額を数字と英語で書き,最後にサインをすればよいのだが,金額を英語で書くことがなかなか難しい。たとえば,£41-55 (41ポンド55ペンス)は,Forty one pounds and fifty five pence only となる。また,電気代などを小切手で支払う場合には,小切手の裏に自分の account number (電気の登録番号)を忘れずに書くようにする。慣れてしまうと,小切手を使って料金を支払うことは,現金を現金書留で郵送する必要がないので便利である。日本の現金書留は料金が高く手続きが煩雑だが,こちらでは小切手を通常の封筒に入れて普通郵便で送ればよいので,1st クラス(郵送した翌日に相手先に届く郵便)でも 30ペンス(約60円),2nd クラス(郵送してから数日後に届く郵便)では 20ペンス(約40円)ですむ。日本の郵便振替も確かに便利なのだが,郵便局に行かなければならないところが,ちょっと面倒だ。
また,キャッシュカードには,Delta (あるいはSwitch) という機能がついている。これは,小切手帳がいらない小切手といわれる,いわゆるデビットカードであり,使い方はクレジットカードと同じである。買い物をしたとき,キャッシュカードを見せて Delta でお願いしますといえば,その金額は1~2日後に口座から引き落とされる。
さらに高度な技に,“cash back” がある。これは,たとえば£30の買い物をしたとき,£50を支払う形にして,その差額£20を現金で返してもらう方法で,デパートやスーパーマーケットでキャッシュカードを使って買い物をしたときに,キャッシュバックしますか? と聞かれる。必要がないので,私はまだ試したことはない。
最後に,いくつか銀行関連の英語をまとめておこう。
balance 残高
account 預金口座
savings(複数),deposit 預金
pay (buy) by cheque 小切手で支払う(買う)
write (cash) a cheque 小切手を切る(現金化する)
withdraw (預金を)引き出す
standing order(イギリス英語) 自動振り替え
関係ないが,“bank holiday” とは一般公休日のことであり,年に8回ある。アメリカでは銀行休日だが,英国では銀行だけでなく一般の人も休む法定休日である。月曜日にあたることが多いので,Bank Holiday Monday とも呼ばれている。ただし,英国内でも England と Scotland とではbank holiday が違うので,注意しなければならない。