英国について語るとき,その料理のまずさについては避けて通れないだろう。私が英国に10ヶ月滞在するに当たり,個人的に最も恐れていたことは,まさにこの点だった。こちらに来る前に,英国に行くというと,10人中10人が「英国は食事がまずいですからね」と嬉しそうに言っていた。私もこれまで英国で美味しいものを食べた記憶がない。

英国の名物料理といえば,フィッシュ・アンド・チップス,そしてローストビーフとヨークシャー・プディングくらいしか思い浮かばない。前者を美味しいという人も時々いるが,私は脂っこくて好きになれない。後者も狂牛病騒ぎ以来,牛肉はちょっと遠慮したいので,ほとんど食べていない。英国で肉といったら,まず鶏肉,つぎが豚肉,そして最後に牛肉というのが,現時点での順位だろう。英国料理で美味しいものは,朝食とアフタヌーンティーだというもっともな意見もある。たぶん英国人にとって,英国料理とは自宅で食べる料理のことであり,わざわざ英国料理をレストランに食べに行くことはしないようだ。外で美味しいものを食べましょうというときの料理は,中華料理とインド料理と相場は決まっているようだ。

したがって,私の食生活は,もっぱら家内に作ってもらう料理に頼っている。最初はケンブリッジ大学の University Centre の中の食堂に昼食を食べに行っていたのだが,高い料金に見合うランチがあまりないので,早々に退散した。いまは子供のお弁当といっしょにサンドウィッチを作ってもらって,それを大学に持参している。物価の高いケンブリッジでは,ランチでも簡単に1000円を越えてしまう。それで美味しくないのだからたまらない。味がまったくないか,あるいは非常に塩っ辛いかの両極端で,日本料理のような繊細さは微塵もない。我が家での晩御飯は,もちろん「ご飯」をメインにした日本料理だ。子供たちも晩御飯を一番楽しみにしている。

たぶん英国人は食事とか料理にまったく興味がないものだと思っていた。しかし,TV では料理番組が盛んであり,また料理のレシピ本が非常に売れているという。その中で最も売れっ子の料理人が「ジェイミー・オリバー (Jamie Oliver) 」である。もちろん私は英国に来るまで彼のことは知らなかったが,家内に聞くと彼は日本でも有名らしく,銀座には彼の店「アフタヌーンティー・ベイカー&ダイナー」もあるそうだ。

ジェイミー・オリバーは1975年5月27日に英国のエセックス州 (ケンブリッジ州の南) 生まれで,現在28歳。彼の両親はエセックスのクレイヴァリングで「クリケッターズ」(近くにクリケット場がある)というレストランを経営しており,彼は8歳のことからこの店でアルバイトを始めたそうだ。その後,イタリア,フランスなどで修行を重ね,20歳のときロンドンの「リバーカフェ」で働く。そのレストランのドキュメンタリー番組の一部でTVに顔を出し,その翌朝には彼はプロダクションにスカウトされたそうだ。さらに,1999年,彼が22歳のとき,BBC 放送で「ネイキッド・シェフ (naked chef) ~ジェイミーのシンプル・クッキング」の放送が開始された。また,彼の本 “Simple cooking” も発売された。

ジェイミーの実家「クリケッターズ」

“Naked chef” と初めて聞いたとき,ジェイミーという料理人は,裸で料理することを売りにしているのかと思った。Naked を辞書で引いても,それ以上のことは書いていなかったからである。これはぜひ TV で見なければと思っていたが,TV で見ても,彼は裸では料理などしていなかった。ずーと疑問に思っていたが,あるとき英文学の先生にこの意味を尋ねてみたところ,「素材のありのままの(裸の)姿を引き出すような料理をつくるので,彼は Naked chef と呼ばれているようですよ」 と教えてくれた。やはり専門家は違うものだと改めて感心した。

なぜ彼が受けているのかというと,まずは彼のルックスのよさだ。彼の料理本を13ポンドも出して買ってしまったが,料理のレシピ集なのか,彼の写真集なのか,わからない代物だった。しかしながら,最近彼もちょっと太ってしまい,おじさんに近くなってきた。もう一つの理由は,簡単で,美味しくて,インパクトのある庶民感覚の料理を「わずらわしい作業なしで」作るというやり方が受けているようだ。やはり,英国人は手間隙かけて料理を作ることは好きではなさそうだ。

彼の TV番組 「Come on! ジェイミー塾」 は,料理など知らない15人の若者を募集して,彼らにシェフの修行を積ませ,新しいレストラン 「Fifteen」 を開くまでのドキュメンタリーであった。東京12チャンネルの手法に似ている番組である。関係ないが,私は(関東の)テレビ局のなかでは,東京12チャンネルはわりとがんばっているなと思っている。特に,TVチャンピオンを最初に見たときには,びっくりした。ただし,最近はちょっとパワーがなくなってしまったが。TVチャンピオンの大食い選手権をまねして似たような番組を作った TBS は情けなかった。また,それに振り回された「大食い人たち」の末路もさびしかった。

さて,彼の実家である「クリケッターズ」は,ケンブリッジから車で1時間弱のところにある。ケンブリッジだよりに何度も登場していただいている下館先生ご一家が8月下旬に日本に帰国されたので,その送別会をクリケッターズで行った。とても美味しいランチだったし,店内も非常に賑わっていた。ただし,ランチで£23(5000円弱)というのは,ちょっと高すぎた。

我が家の英国でのささやかな贅沢は,1~2ヶ月に1回の割合でロンドンに行って,ロンドン三越のレストランで日本料理(寿司,てんぷら,そば,かつなど)を食べることである。