DSC00987廣田幸嗣氏からエッセイ [7] を送っていただきました。私もこのエッセイの内容に完全に同意です。

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 電池の進歩により,スマホから B787 の補助電源装置(APU)に至るまで,バッテリを電源とするエレクトロニクス機器が増えている。電気回路のエンジニアも,電池の基礎理論である電気化学を勉強する必要が出てきたが,専門書を読むと、使っている言葉(≒ 用語 + 論理の組み立て)の違いに相当戸惑う。

 電気回路での透磁率 μ は,電気化学では化学ポテンシャル μ になり,電波の波長 λ はイオン伝導率 λ となり,電界 E は電位差 E になるなど,記号の使い方の違いは,枚挙の暇がない。しかし、これはまだ序の口である。

 周波数を変えたときのインピーダンスの変化を複素平面上に描いたものを,電気回路ではナイキスト線図(Nyquist diagram)と言い,電気化学ではコール・コール軌跡(Cole-Cole plot)と称する。これは,該分野で功績のあった研究者の名前を冠している。国際的な命名統一機関のユーパック IUPAC は,これでは混乱のもとになるので複素インピーダンス線図(complex-plane impedance diagram)に統一するよう勧告文書を発行しているが,徹底されていない。

 電気回路では,電流を単一の電子の動きで代表させるのに対して,電気化学では膨大な数(アボガドロ数 Na ≒ 6×1023 個)の流れとして扱うことが多く、理論式が出てくると前者ではボルツマン定数kが,後者では気体定数Rが常連となる。たとえば,絶対温度が T(K) のときの熱擾乱エネルギーの統計的な尺度は、それぞれ kT と RT になるが,R=Na・k だからこれらは本質的に同一で、対象としている数が(極端に)違うだけである。

 これを憶測するに、電気屋は電磁界という invisible な抽象に慣れているため,計量が非常に難しい単一電子を平気で登場させるのに対し,化学屋はビーカーや試験管のなかの tangible な具象を日常的に相手にしているためだろう。

 さらに、電気回路では,電池のプラス側を正極,マイナス側を負極とする。つまり電位差で正/負を定義する。一方、電気化学では,電池の内部を流れる電流の向きで陽極と陰極を定義する。したがって,充電のときは正極と陽極は一致するが,放電時は,負極が陽極になり,正極が陰極となり大いに煩わしい。

 回路屋は、電池の外部作用だけに関心があり,電池屋は、電池の内部反応がすべてだからだとガッテンするまでに、時間が少々かかる。

 電気回路で使うコンデンサの単位は,ファラッド F である。電気化学反応は,ファラデー定数 F を使えば,定量的に計算できる。ファラデー(M. Faraday)が二つの分野を開拓したときは,用語の混乱も発想の違いも無かったはずである。それが別々に進化し,今では統合・合体がむずかしくなっているわけだ。

 これも憶測だが,B787 バッテリ事故の遠因に,二つの分野の担当者に,異分野とのコミュニケーション能力の不足が無かったのか? 三遊間ゴロが無かったのか? 以って他山の石とし,学会から現場にいたるすべての場で交流を深めるべきではないのか?

 幸いなことに,数学は専門によらない共通語である。両分野の専門家が協力して,緻密な電池の数学モデル(回路モデルや故障モデル)を研究してゆけば,電池を応用したシステム開発でグローバル優位に立てるのではないか。

コメント

  • 遅レスで失礼します。
    私、電気屋、しかもディジタルシステム屋から
    電気化学に首をつっこんで1年ほどになります。
    本稿を読ませて頂き、なるほど、と思いました。
    電池のことを勉強するにつれ、用語が複数ある
    ことにとまどいました。
    放電レートの単位に、電気屋・電池屋は「C」
    とか「CmA」を使いますが、電気化学の論文には
    「It」、「ItA」が使われていました。
    「正極・負極」と「陽極・陰極」は大混乱。
    「コール・コールプロット」は、違和感は
    ありませんでした。アナログ屋ならすぐに
    わかったのかもしれませんが。

    当初は、まだ若い分野で統一されてないのかな、
    と思いましたが、電池自体は若いわけではなく、
    そのうち電気屋と電池屋(電気化学屋)の違い
    なのだと気付きました。
    電池メーカは、「電気化学屋」というよりも
    「電気屋」に近いですね。

    リチウムイオン二次電池が実用化して十数年
    ですが、いまだにまともな電池制御や残量計は
    できていないのが現状です。
    「緻密な電池の数学モデル」は、電池の真の
    挙動を明らかにするためには必要と感じます。
    簡易な等価回路モデルでは、実用にはほど遠い
    と実感しています。しかし、正極/負極の材料
    にくらべて、電解質や添加物やバインダは
    日々変化していて、それにより電池の特性も
    変わっていくので、理論が追いつくのは
    なかなか困難では、とも思うのです。
    ということで、電気屋は、電気化学屋から見たら
    噴飯もののモデル化をやったりします。
    ごめんなさい。

    2013年09月06日 3:09 PM | 木村慰作