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電気自動車は力行時にはモータに電流を流して駆動トルクを発生し,制動時にはモータを発電機として使いエネルギーを回生する。電流 I にトルク係数 Kt を掛けたものがモータの出力軸トルク T = Kt・I になり,軸角速度 ω に起電力係数 Ke を掛けたものが,発電機の出力電圧 V = Ke・ω になる。2つの係数は相等しく Kt = Ke が成立する。これは相反定理 reciprocity theorem としてよく知られていて,力の強いモータが,同時に出力電圧の大きな良い発電機になるということである(and vice versa)。
仮にトルク係数 Kt が起電力係数 Ke よりも大きいとすると、電気的な仕事率(消費電力)= VI = (Ke・ω)・Iよ りも,機械的な仕事率 = Tω = (Kt・I)・ω (>VI) の方が大きくなる。電気自動車の設計が楽になるが,もちろんエネルギー保存則に反する。
物理の教科書には、モータの原理としてフレミングの左手の法則 Fleming’s right hand rule,発電機の原理として右手の法則が出てくる。相反定理により,フレミングの手形は左右対称である。こんな美しい対称性があるのに,これに触れている教科書が殆ど見られないのは残念なことである。
相反 reciprocity とは、A点からB点への作用と、B点からA点への作用が同一であることを言う。相互に等しく反応しあう関係だから,相反の造語を充てたと思われる。中国語では,相反の代わりに互反などを使うが、おそらくこれも同じ出自であろう。なお国際貿易では reciprocal を互恵と訳し、内燃機関では往復と訳しているのは、周知のとおりである。
相反(そうはん)するは,相反(あいはん)するとも読め、また利益相反は conflict を表すので,誤解を無くすため可逆定理と書く教科書もある。しかし可逆 reversible とはAからBに変化したものを、BからAへ元に戻すことができる性質を言い、相互作用の同一性には触れていないので、シックリこない。大和言葉はもともと語彙が少ないので、一つの単語の示す範囲が広く曖昧である。漢字が入ってきて論理透明度が上がった。たとえば、かたい⇒固い、硬い、堅い、難い…。こうした視点からすると,reciprocal と reversible を「可逆」と言う一つの単語に写像するのは、反訳の可逆性も失われて好ましくないと思う。-閑話休題―
相反定理が成り立つ身近な例が,テレビの受信アンテナである。エレメントの数が多くて受信ゲイン Gr が高いのが良いアンテナである。このアンテナを送信アンテナとして使った時の送信ゲイン Gt は,受信ゲイン Gr に常に等しい。
中等教育で最初に相反定理が登場するのは、理科のレンズの授業で習う光の逆進原理である。A点からB点に光が進めばB点から発した光は同じ経路を逆進してA点に戻るので,カメラとプロジェクタの光学系は共役関係になる。ただし、相反定理という深遠な真理まで言及しないのは残念だ。
電気工学を専攻すると、電磁気学から始まって回路理論、電気機器学に至るまで、相反定理のオンパレードに出会う。一番基礎となっている電磁場などに、相反性があるためだ。電気工学以外でも、たとえば材料力学では外力と変形の間に Maxwell-Betti の相反定理が知られ、相反性には普遍性がある。
その根源を探ると,線形保存系(linear conservative systems)が,自己随伴(self-adjoint)という一種の対称性をもつことに辿りつく。現象を模写する線形微分方程式の離散点間の伝達関数を求めると、対称行列になる。A点とB点に関して幾何学的な対称性がなくても,対称行列になるのである。
ところでコミュニケーション論の座学で,話す能力は聴く能力と相関があると教わった。どうも人間界でも、相反定理が成立するようだ。私は耳順の60歳を過ぎたが,反対に人の話を素直に理解できなくなってきた。これでは誰も私の話を理解できないだろう。暖かくなってきたので夜空を見上げて,宇宙原理に思いを馳せてみよう。悟りに達することができれば,春宵一刻値千金である。