なお,廣田氏には5月13日(火)17:00~18:00 に足立研セミナーで「グローバル競争時代の学問ノススメ」という題目で講演していただきます。興味のある方はぜひご参加ください。
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1960年代に当時主力のセンチメートル波による,通称”マイクロ波”通信の次世代技術として,ミリメートル波(以下ミリ波)通信が注目され開発が進められた。ミリ波の電波を,パイプ状の導波管cylindrical waveguideの中を通すことによって,低損失で遠距離伝送することに成功した。導波管の内壁には絶縁した銅線をらせん巻きして,電磁モードの搖動を抑えた。1970年には,実用化にあと一歩のところまで来た。しかし,まさにこのときに,光ファイバー通信技術が急速に台頭しミリ波技術は一気に日陰に追いやられる。より高い周波数へと,一歩一歩開拓されてきた無線通信技術が,周波数が1万倍も高い光領域へとミリ波をまたいでジャンプし,それまでの貴重な技術蓄積が無用になったわけである。
ミリ波の開発に携わった多くの関係者は,技術革新がもたらす無慈悲な一面を直視することになる。かく言う私も,その末端にいた一人であった(センチメートル波は,波長がcm単位になる3~30GHzの周波数帯,ミリ波は,mm単位の30~300GHzの周波数帯)
それから半世紀近くを経て,ミリ波技術が再び注目されるようになった。その一つは,近距離の無線通信や近距離センシングのニーズの広がりがある。配索が煩わしくなってきた情報機器間の大容量通信ケーブル群の無線インターフェイス化や,ハイビジョン時代の高速無線LANへの対応,社会インフラとしての監視レーダなどのニーズである。
ミリ波は,周波数レンジが広いので大容量の通信ができるが,空気中の酸素分子による共鳴吸収が大きい。無線通信において,遠くまで伝搬しない周波数帯は魅力が無いように思えるが、これを逆手にとれば多くのユーザが同じ周波数帯を共用しても,電波間干渉の危険性が少ないという強みに変身する。日本では,特定小電力(10mW 出力)で,59~66GHzの広い帯域が割当てられている。世界各国でも,ミリ波帯の利用が少ないので,気前よく電波資源が割り当てられている。これも魅力である。
携帯電話では高い送受信性能が要求されるため,電子の走行速度VdがシリコンSiより速い,ガリウムヒ素GaAsなどの化合物半導体を使わざるを得ない。シリコンSiの高周波アナログ集積回路は送信電力が小さく,受信感度も低い。また消費電力も化合物半導体と比較すると大きい。シリコン半導体は,今後も安価な簡易無線通信などに限定される。
シリコンは電子の走行速度Vdが遅いが,その材料特性の劣位を微細加工技術である程度は補うことができる。電子の走行速度が遅いシリコンの弱点を,微細化により走行距離Lを短くすることにより,電子の走行時間τ=L/Vdが短縮できる。デバイスの遮断周波数fTは,走行時間τの逆数なので,τつまりLを小さくすれば,高周波化できる。
シリコンのプロセス技術の進化と,それと並行して進められた回路設計技術の開発により,徐々にではあるが高周波域を伸ばしてきた。10年ほど前にチャンネル長L≒100nmでミリ波の動作が可能なことが実証され,ミリ波の簡易無線の応用研究が急速に進んできた。家電や通信で主力のCMOSプロセスでミリ波回路が作れれば,通信やレーダと信号処理系を一体化したワンチップのLSI が,安価に供給可能となる。今関心のミリ波応用はチップの目標単価が5ドル前後と厳しく,シリコンCMOSプロセス以外の選択肢はない。
微細化で高周波特性が向上する一方,ジョンソンリミットJohnson limitによるデバイスの耐圧の低下という問題が浮上する。ジョンソンリミットとは,耐圧BV:breakdown voltageと遮断周波数fT:transit frequencyとの間にトレードオフ関係が存在することを示す法則で,周波数を上げるために微細化すると,それに逆比例して耐圧BVが低下することに起因する。半導体デバイスの耐圧は,送信電力の限界を決める。したがって,無線用のアナログ回路はデジタルロジックと異なり,微細化がもたらす効用に限界がある。
半導体材料により,トレードオフの関係が変わる。シリコンは,ワイドバンドギャップの化合物半導体よりも不利である。シリコンのジョンソンリミットは, fT・BV=200(GHzV)である。一般にシリコンで大電力送信器を作るのは非常に難しく,60GHzでは最大電力は10mW前後となる。しかしミリ波はもともと遠距離通信に不向きで,近距離の応用が殆どを占めること,特定小電力として許容されている最大電力が10mWであることを考えると,シリコンCMOS集積回路が,ミリ波の簡易無線に向いていることが分かる。ピーク電力が大きいパルスレーダは困難だが,FMCWのような連続波レーダでは10mWで十分である。
現在の77GHz(または79GHz)車載レーダはガリウムヒ素GaAsや,シリコンウェーハの表面直下にSiGe層を入れて格子間隔を広げ電子速度を高めた,ひずみシリコン半導体が必須である。しかしこれも近い将来,シリコンSiのCMOSプロセスに置き換わると思われ,車載レーダの標準装備化がさらに進むだろう。
CMOSレーダをCMOSカメラと組み合わせてsensor fusionにすると,ターゲットの識別能力が非常に高められる。どちらも安価なので普及して,やがてIoT:Internet of Thingsのワイヤレス端末となろう。CMOSセンサに監視されて僅かの不正も見逃さない窮屈な世界になるのか,安全安心の良い世の中になるのかは分からないが…。