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今の工業製品は複雑で,細分化された専門技術に依存している。素人だけでなく設計者にとっても,製品の多くの部分がブラックボックスになっている。前時代のラジオやテレビの中を見ると,部品と機能が1対1に対応していて分かった気分になれたが,いまスマホのハードウェアとソフトウェアを,端から端まで分かる人はおそらくいないだろう。
他人がやっていることは分からないので任せるしかないし,自分の仕事も学生時代の教科書に戻って考えていたら仕事が進まないので, CAD や設計基準書に全面依存して処理する。
これは後述の思考経済やオッカムの剃刀 Occam’s razor と呼ばれるものと同じである。これに慣れると,いつの間にか物ごとを深く考えなくなる。新知識の獲得も大事であるが,基本に戻り自分で考えることが,最も有用な自己研鑽である。
科学史を振り返ると,19世紀後期に音速で有名な Ernst Mach が「科学の概念や法則は客観的実在に根拠を持つのではなく実用目的の産物にすぎない」というマッハ主義(極端な実用主義と道具主義)を展開した。また,最小の思考により最大の成果を得ればよいとする,思考の経済 Denkökonomie を主張して,同時代の多くの科学者に影響を与えた。
現象論の熱力学が化学工業に大きく貢献していた背景もあって,マッハはエネルギー一元論 Energetik エネルゲティーク陣営の強力な論者になる。粒子論 Atomiktik は非生産的だと執拗に攻撃し,実在論者で統計力学の始祖 Ludwig Boltzmann は,孤独な論争に疲れ果てた末に自殺する。
ボルツマンが主張した分子や原子,さらにエネルギー量子が当たり前の現代から見ると,想像もできないことであるがサイエンスが命がけのミッションだったと知り,あらためてボルツマンの偉大さがわかる。
科学において深い考察が必須なことは自明であるが,工学の場でも同じだと思う。日常生活の場でも,インターネット検索すれば必要な,その多くが断片的で表層的な情報を簡単に手に入るコピペの時代である。ロボットの人間化と人間のロボット化がいま同時進行し,クロスオーバーが間近なようにも見える。自分の頭で徹底的に考えることを時々やらないと,進化が著しい人工知能に追い抜かれるだろう。