L1080949 (1024x744)廣田幸嗣氏からエッセイが届きました。

行政やメディアが「水素社会」を喧伝しているが,その割に,全体像のイメージが良く分からない。そこで最初に定義をはっきりさせておこう。
○○社会と言うからには○○は脇役でなく○○が主役・準主役の社会である。政府も水素を主要エネルギー源として日常生活や産業活動に利活用する社会としている。

本当にそうなるのだろうか?まずエネルギーの需要サイドを見てみよう。

いまの文明を支える生産設備や情報通信システム,照明,空調などの多くは電気で動いている。インフラとしては水素のパイプラインより電力網の方が遥かに使い易い。

都市部では天然ガスのパイプ網があり暖房やコージェネの熱や電気を利用している。しかし,電力に比べると影が薄く天然ガス社会に住んでいるという実感はない。将来水素が部分利用されても,水素社会と言われないだろう。

つぎにエネルギーの供給サイドを見てみよう。

脱化石燃料時代の再生可能エネルギーのほとんどは電気で,水素を直接生成するものは無いに等しい。水素社会を実現するには,電気を水素に変換しパイプラインで送る必要がある。しかし需要サイドでは電気が必要なので水素を再び電気に変換することになる。これは無駄だ。

需要サイドと供給サイドが水素(水素イオン=陽子)で動けば,インフラも水素が主役の本当の水素社会になるかもしれない。その可能性を考えてみよう。

エネルギーや情報の伝達能力は,搬送を担うキャリアの数とその速度の積で決まる。電気のキャリアは電子で,金属や半導体には高濃度の電子が存在し,かつ高速で移動する。これが,電気が主役である根源的理由だ。

電解液中の水素イオン濃度は電離係数で制約され,低濃度である。また,水素イオンは溶媒を引きずるので,移動速度も遅い。陽子の入れ物が電解液ではだめだ。

水素吸蔵合金の中の陽子は,高濃度である。しかし動きが極めて緩慢で,キャリアとしては使えない。

要するに電子の「エレクトロニクス」に代わって,陽子が主役の「プロトニクス」時代が来ることは当面考え難い。

石炭から太陽光までの一次エネルギー,および電気や水素,卑金属などの二次エネルギーの,夫々のエネルギーミックスをどうしたいのか国家目標を明確にすべきである。

水素社会を夢見る前に,「電気社会」がこれからも続くので,これをどう将来に適合させるのか,水素エネルギーをどう補完的に位置付けるかを明示すべきである。