10月初旬に,家の窓磨きをしてもらうために,window washer (窓磨き屋) に来てもらった。英国では,家の外観にも気を使ったほうがよいので窓磨きは年に1回は行うべきでしょう,とどこかに書いてあった ので,窓磨きのことは気になっていたのだが,ご近所の人が window washer を頼んだので,そのときについでにわが家にも来てもらった。来てくれた Stephan はとても感じのよい人で,約1時間,わが家の窓をきれい に磨いてくれた。料金はTIP を入れて14ポンド(約2800円)だった。私は,無礼にも彼に 「窓磨きという職業で食べていけるの?」 と聞いたのだが,彼 は笑って 「この仕事を始める前は心配だったけれど,英国では窓磨きはそれぞれの家で絶対必要なので,全く問題ないよ」 と答えてくれた。私は 「日本では窓磨 きはお父さんの仕事だから,たぶん君は日本では食べていけないだろうね」 と返事した。
ここで, 18世紀ごろ,パブで速くビールをサービスしてほしい人が, “To Insure Promptness” と書かれた小箱に小銭を入れたのがチップ (TIP) の始まりだと言われている。
英国にはさまざまな職業がある。以前にも触れたが,fitter(取り付け 工),electrician (電気屋),plumber (水道屋,配管工),bricklayer (れんが職人)などなど,職業が細分化されている。英国には,現在でも階級制度が存在し,労働者階級とホワイトカラーとの差があるようだが,私は全く不勉強で,そして鈍感なので,このあたりの状況はよくわか らない。ただし,私が身近で会った労働者階級の fitter, plumber, そして window washer の人たちは,みな明るく,てきぱきと仕事をしていた。労働者階級という言葉の暗いイメージはなく,熟練し(skilled),自分の仕事に誇 りをもっている professional ばかりだった。Fitter の Tony などは,広大な土地に住んでいて,動物をたくさん飼っていると話していた。 日本人の普通のホワイトカラーなどより,よっぽどお金持ちのようだった。また,びっくりしたのは,近所の商店街に掃除機だけを扱う専門店 “Vacuum Centre” があることだ。そこでは掃除機とその関連商品(たとえば dust pack )だけ売られており,また掃除機の修理だけを行っている。すなわち,掃除機のプロの店である。
日本では仕事の効率化が優先されるので,最近特に professional が減ってきたように思 う。極端に言えば,マニュアルにしたがって仕事をすれば,ちょっと訓練すれば,誰でもできますよ,という感じだ。何かのプロであるよりも,何でもできる人の方が重宝されている。なんでも取り扱うデパートや,電気のことなら何でも扱う総合電機メーカーが元気だった時代があったが,いまはちょっと状況が変わっ てきている。デパート業界には詳しくないのでコメントできないが,総合電機メーカーは軒並み苦戦している。このことだけから結論づけることは性急すぎるか もしれないが,わたしはつねづねこれからは「プロの時代」だと思っている。
自分が社会の一員として存在するためには,理想的には自分でなければできない 「切り札」 をもってい なければならない(これは本当に理想の話であって,現実にはそうはならないが)。いま,日本全体の元気がないような気がするが,その原因のひとつは個人個人に元気がないからである。自分がいなければ,日本は困っちゃうんだ,と思うくらいのプロがたくさんいなければいけない。
大学教育においても,プロを養成することをめざしたい。企業が元気だった時代には,極端に言えば, 大学は何にも教育しないでいいから,厳しい大学受験に勝ち残った人間であれば,最低限の力は保証されているので,その人たちに就職してもらえばよい,とい うのが企業のスタンスだった。だから,大学名で学生を選抜できたのである。潜在能力のある学生に入社してもらえば,その後の教育は企業で十分できると大企 業の多くは考え,そしてそれを実行していた。しかしながら,急激に企業の体力が低下し,このようなのんびりしたことはいえなくなってきた。いま企業がほし がる人材は,即戦力である。企業(業種)によっては,新卒採用と同様に,中途採用を重視している所もある。中途採用のほうが,即戦力になり得るからであ る。
逆に考えれば,虫のよい話であるが,企業が大学教育に期待し始めたのである。独立法人化という大き な外圧のために,多くの大学も表面的には真剣に大学教育を考え始めている。大学教育をめぐるさまざまなことが変わり始めている。私は工学部の電気電子工学 科に所属しているので,学生には電気電子のプロになってほしい。あるいはもう少し細かくなるが,制御システムのプロになってほしい。そして,そのような教 育を行いたい。
私は(めったにないことだが)高価な洋服を買うときは,洋服のプロがいる店で買うようにしている。 金額的には量販店で買うよりも高価になるが,プロとの会話は楽しいし,的確な商品を選んでくれる。そして,何年も(私の場合10年以上も)それを着ること ができる。いまのデパートにはプロが減っている。自分が扱う商品に関する知識がない店員があまりにも多すぎる。