中島みゆきがヤマハのポプコン (ポピュラーコンテストの略,たぶんもうなくなってしまっただろう)で「時代」を歌ってグランプリをとったのは1970年代中頃だったと思う。この曲にはとても衝撃を受け,すぐに中島みゆきのファンになってしまった。その後,「わかれうた」や,金八先生の確か2回目のシリーズの最終回で使われた 「世情」 をはじめとして,彼女は数々のインパクトのある名曲を生み出した。人前で松任谷由実のファンですとは言いやすいが,中島みゆきのファンだとは,ちょっと言いにくい所がある。中島みゆきは暗いという印象が強いが,歌詞の内容はユーミンも同じ暗いくらいと私は思っている。しかしユーミンは曲がポップなので,明るい曲だと錯覚されやすいだけだ。しかしながら,私は,天才少女だった荒井由実時代からユーミンも好きである。

中島みゆきの最近のヒット曲といえば,「地上の星/ヘッドライト・テールライト」だろう。言うまでもなくNHKの「プロジェクトX」の主題曲である。特に,番組の最後に田口トモロウのナレーションとともに流れるヘッドライト・テールライトに涙する 40代以上の男性は多いだろう。実は私もこの番組のファンなのだが,番組が始まった当初は半年くらいでネタが尽きるかと思っていたら,まだ現在も続いているようだ。砂の中に昴はたくさん眠っているのだろう。黒部ダムで歌う中島みゆきを見たくて,昨年(2002年)の紅白歌合戦にもつきあってしまった。

8月下旬にロッテルダムで国際会議が開かれたので,家族全員でオランダに旅行してきた。宿泊したホテルのテレビには,日本語放送が入っていた。これは JSTV 日本語衛星放送といって,このチャンネルでは,NHK だけでなく民放各社の選りすぐりの番組が一日中放送されていた。日本を出国してから約5ヶ月が経ち,滞在している英国では日本語放送を見たことは一度もなかった。テレビ好きの私としては,これだけの長期間,日本のテレビを見ていないということは,考えられないことだ。久しぶりに見た日本のテレビはとても面白く,普段は見ないような「爆笑お笑いオンエアバトル」というお笑い番組に家族全員で,その名のとおり大爆笑した。子供たちも NHK 教育テレビの 「天才テレビくん」 などを久しぶりに楽しんだ。その JSTV 日本語衛星放送でプロジェクトX に再会した。その日は,豊田商事事件スペシャルの再放送だったが,久しぶりに聞いた中島みゆきの歌は心にしみた。

さて,私は文科省の在外研究員という身分で英国のケンブリッジ大学に10ヶ月間滞在(正確には海外出張)している。私の場合,ロッテルダムでの国際会議は,英国に来る前からスケジュールされていたので,在外研究員の申請書にオランダ出張を含めており,それが受理されていた。ところが,本来,在外研究員は滞在先の国で研究を行うことが目的なので,それ以外の国で開催される国際会議に出張することはできないのが原則だと,大学の事務から言われた。私の場合,その不備を指摘されないまま,申請書がそのまま受理されてしまったので,今回に限りオランダ出張を認めたが,普通だったらダメでしたよ,とのことだった。さらに,笑ってしまったのは,ロッテルダムでの国際会議に引き続いて,つぎの週には滞在しているケンブリッジ大学で国際会議が開かれたのだが(実行委員長は,私のケンブリッジでの受け入れ教授である Jan であった),その会議にも厳密に言うと出席してはいけないそうだ。なぜならば,単なる学会出席のために,在外研究員の海外出張旅費を支給したわけではないのだから,だそうだ。

一体,私は何のために海外に来て研究しているのだろうか? 国際会議は,著名な研究者が集まり,その分野の最先端の議論ができる貴重な機会だ。日本にいると,ヨーロッパやアメリカに行くだけで10時間以上かかり,その上,時差まである。せっかく,英国に滞在しているのだから,飛行機で3時間もあればどこでも行けるヨーロッパ諸国に出向いて,いろいろ勉強してきなさい,とは言えないのだろうか? ただし,現状では誰がこれを言うかというと,誰も言える立場にいないのである。強いて言えば文部科学大臣であるが,私は会ったこともないしちょっと違うような気がする。 国立大学に籍をおく人にとっては,このような状況は日常茶飯事である。たとえ国内であっても,「単なる学会参加のために,旅費を使ってはいけない」などといわれるからである。

いま,国立大学では「独立法人化」という大プロジェクトが進行している。この詳細については,海外にいる私にはよくわからないし,また私ごときがコメントするような相手ではないが,ちょっとだけこの話題に触れてみたい。いま確実に言えることは,有能な大学教員たちが,自分の研究・教育に使うべき時間を犠牲にして,このプロジェクトにかかわっているということである。世の中の人は,自分たちのことだから仕方ないでしょう,というだろう。もちろんそれは正論だ。また,研究や教育において有能な先生は,それ以外でも高い能力をもっていることが多いということも事実だと思う。

プロジェクトを成功させるためには,有能なプロデューサの存在が絶対に必要である。シェイクスピア劇の演出家である下館先生と話していても,芝居が成功するためには,よい役者と演出家と,そしてよいプロデューサが必要だそうだ。特に,海外公演の場合には,有能なプロデューサの存在が不可欠のようだ。蜷川幸雄は英国公演で成功したが,それはよいプロデューサがいたからだそうだ。一方,野田秀樹は日本では素晴らしい活躍をしているが,彼のロンドン公演は成功したとはいえなかったそうだ。下館先生は過去にエディンバラ・フェスティバルで公演を行い,2005年夏にはデンマークのエルシノア城でハムレットの公演を予定している。もちろん彼のプロデューサは有能だそうだ。

これまで,大学の有能な先生方は,プロデュースをして,実行して,そして場合によっては事務処理もしてと,一人で何役もこなしてきた。野球でいれば,選手が監督を兼ねるプレーイング・マネージャのようなものだった。古きよき時代には,南海の野村や阪神の村山など,プレーイング・マネージャーがいたが,最近はほとんど見ない。当たり前である。一人で両方を兼ねて,チームがよい成績をおさめられるわけがない。大学だって古きよき時代はとっくに終焉し,新しい時代が始まろうとしている。大学でも,研究する人,教育する人,そしてプロデューサと分業化することはできないだろうか? 完全に分業化できなくても,それぞれに注力する比率を教員ごとに変えるだけでも効果は出るだろう。そして,それらに対する教員の能力を査定し,給料を決められるとよい。普通の企業では当たり前のことである。

前述した在外研究員の海外出張についても,現場のことがわかっていれば,いろいろと柔軟な対応ができると思うのだが,残念ながらいまはそうではない。独立法人化プロジェクトによって,われわれ現場で困っている点が少しでも改善されれば嬉しい。ただし,われわれ教員の立場だけで独立法人化を議論することは危険だ。いまの独立法人化の議論を見ていると,大学の主役である「学生」のためという側面が,陽に見えてこないことが少し気になる。

もしも 「プロジェクトX」 が10年後まで続いていたとしたら,独立法人化プロジェクトは番組でとりあげられるだろうか?