【ノーバート・ウィーナー伝】(コンウェイ,シーゲルマン著,松浦俊輔訳,日経BP社,2006年,2800円)
<Dark Hero of the Information Age In Search of Norbert Wiener, the Father of Cybernetics>
600ページを越える分厚い本だったが,比較的短時間で読むことができた。われわれの世界(制御,通信,情報,コンピュータ,数学など)の有名人がキラ星のように登場する豪華配役だったからである。
この本は「サイバネティックス」の提唱者として有名なノーバート・ウィーナー(1894~1964)の生涯について詳細に記述されている。ハーバード大学教授だった父親の異常ともいえる英才教育のために(もちろんこればかりのせいではないが)神童と呼ばれたウィーナーは15歳でハーバード大学大学院に入学し,19歳で数理論理学の博士号をハーバード史上最年少で取得する。その年,英国のケンブリッジ大学に留学し,トリニティーコレッジに所属する。私はウィーナーがケンブリッジに留学していたことすら知らなかったが,さらに驚いたことはケンブリッジではゴドフリー・ハーディに数学を習っている。ハーディといえば,ロバスト制御の一つであるH∞制御の頭文字H(ハーディ空間)の人だ。その後,ドイツでヒルベルト(数学者)のゼミに参加する。彼は,ローゼンブルート,ビゲロー,ドゥーブ(確率論),シャノン,ノイマン,ナッシュ(映画「ビューティフルマインド」のモデル),ボーズ(音響工学者でBOSE社を創立)など,さまざまな歴史的な科学者と研究を共にしたり,仲たがいしたりする。また,彼は1960年にモスクワで開かれた第1回IFAC(国際自動制御連盟)World Congressで講演している。この大会は制御理論にとって初めての大規模な国際会議で,カルマンが現代制御理論を発表したことでも有名である。
「サイバースペース」という言葉に代表されるように,ウィーナーのサイバネティックスに語源をもつ「サイバー」という接頭辞は,現在,さまざまな場面で用いられている。それに反して,ウィーナーという名はそれほど有名ではない。なぜウィーナーは ’’ Dark Hero” なのだろうか? その答を本書は与えてくれる。
彼の家庭環境,家族,そして彼の躁鬱病のことなどの記述が多すぎるような気がしたが,これらのディテールがないとウィーナーの人物像を表現することは難しかったのだろう。制御,通信,情報など,人間の生活を自動化する技術が,戦争のために利用され,人間の社会生活を脅かすことを心の底から危惧していたウィーナーの考えを,もう一度見直さなければいけない時期に来ているようだ。