ケンブリッジ大学では10月に新学期が始まる。英国のほとんどの大学では9月に始まるのだが,オックスフォードとケンブリッジ (両者は「オックスブリッジ」と総称される) は10月である。この10月から6月までを academic year (学年度) という。School year と呼ぶこともある。

ケンブリッジ大学は3学期制で,10月から12月までの約2ヶ月を Michaelmas term,新年の1月から3月までを Lent term,そして4月から6月を Easter termと いう。

ケンブリッジ大学工学部の授業の特徴を箇条書きでまとめてみよう。

  • 3学期制であり,それぞれの term (学期) は8週(なんと2ヶ月弱)の期間しかない。日本のほとんどの大学では,前期・後期の2学期制で,それぞれの学期は12~15週(4ヶ月程度) で構成されるのとは対照的だ。ただし,8週で 1 term というのはオックスブリッジだけで,英国の他の大学は10~12週で 1 term というところが多い。
  • 3学期全部あわせても講義が行われる期間は,1年12ヶ月のうちで6ヶ月しかない。Michaelmas term と Lent term は講義中心だが,3学期に相当する Easter term では “Production” (総合演習あるいは実習のようなもの)が中心である。したがって,通常の講義が行われるのは年のうちに4ヶ月しかない。
  • 講義時間は1コマにつき1時間である。日本の大学では1時間半が一般的であるので,ケンブリッジのひとコマの授業時間は日本より短く,高校の授業時間に近い。
  • 1日のスケジュールは,午前は,9時-10時(1時限),10時-11時(2時限),11時-12時(3時限),12時-13時(4時限),午後は,14時-15時(5時限),15時-16時(6時限),16時-17時(7時限),17時-18時(8時限)である。なお,英国では昼休みは,だいたい午後1時から2時が一般的である。
  • 同じ講義が週に2回開講されるので,term における一つの科目の講義時間は,1h x 2x 8 = 16h である。日本では通常,1.5h x (12~14) = 18~21h であるので,講義時間総数は日本より少ない。
  • 試験は年に1回で,5月に行われる。“Mays” というと,「ケンブリッジ大学の5月試験,あるいは(5月末または6月初めに行われる)ボートレース」 と英和辞書には書いてあった。なお,卒業式は6月下旬に行われる。
  • これだけ見ると,日本よりケンブリッジ大学のほうが楽に見えるが,ケンブリッジ大の(というよりは英国の大学の)特徴は,コレッジにおけるスーパービジョン (supervision:日本ではチュートリアルと呼ばれることが多い),すなわち個別(グループ)指導時間があることだ。そして,それぞれの講義に対して,このスーパービジョンが実施される。工学部では,各教授が担当科目の講義をして,コレッジでは学生1~2名相手にその教授(あるいは research associate (助手),あるいはポスドクが),日本の家庭教師のように学生とディスカッションしながら指導するのである。1週間のうちの半日程度,このスーパービジョンを行うために,教授たちは自分のコレッジにいなければならないようだ。これは究極の少人数教育である。

    また,1科目でも落第点をとると退校を促されるそうで,留年は許されないそうだ。したがって,5月の試験シーズンの間,ケンブリッジの街はひっそりと静まり返る。毎年1人は試験のことで悩んで自殺者が出るという話を聞いたこともある。その代わり,試験終了後の6月は,6月なのになぜか May Week と呼ばれて,学生たちはお祭り騒ぎをする。特に,May Ball と呼ばれる夜通しのダンスパーティーがコレッジの中庭で行われる。

    以上の特徴を要約すると,一方通行的な講義時間は日本よりむしろ短いが,スーパービジョンという徹底した少人数教育を行っている。残念ながら,これは日本のほとんどの(いやすべての)大学で実現不可能だろう。

    また,1回の講義時間は1時間で,週に2回講義をするというのも,特徴である。私は日本における1時間半の講義時間というのは長すぎると思っていた。特に,一方通行の講義では,1時間半もの間,学生の集中力を持続できるような講義のできる先生は,ほとんどいないのではなかろうか。それができたら,一流の芸人になることができ,舞台で稼いだほうが儲かるかもしれない。特に,私などは学生の集中力を要求する前に,恥ずかしい話だが,自分が1時間半,集中力を保って講義をすることができない。また,前回の講義内容を忘れないうちに行うために,週2回開講というのもよい。たぶん,日本の大学の中にも,セメスター制に関連して週に2回講義を行っている所もあるだろう。

    実は,私が所属する宇都宮大学工学部電気電子工学科でも,電気回路,電磁気といった必修科目で,週2回講義を行い,2ヶ月間で1科目を終了するようなシステム (これを4学期制と呼んでいるが)を昨年度から試行している。まだ始めたばかりなので,どの程度学生に効果が現れたかどうか判断できないのだが,このシステム導入の言いだしっぺの一人なので,効果が現れることを期待している。さらにこれらの必修科目では,講義だけでなく演習も週に2回(1回1時間半)行っている。少人数教育を目標にしているのだが,1クラス 30~45名にするのが精一杯で,とてもケンブリッジのように学生1,2名に対してスーパービジョンを行うことはできない。4学期制というシステムを考えたときには,ケンブリッジの教育システムについてはまったく知らなかったが,部分的には似たものになっていることに驚いた。

    教育システムをよくしようと思ったら,やる気と,少しの才能と,多大なマンパワー(人的資源と金銭的資源)があれば可能だと思う。これまでの国立大学では,(ボランティア的な)やる気と,少しの才能を頼りに,地道に教育システムを改善してきたと思う。問題は3番目のマンパワーである。大多数の国立大学は貧乏であり,マンパワーは限られている。そのため,現有勢力で乗り切っていくしかない。とてもケンブリッジのまねをすることはできない。研究をして,論文をたくさん書いて,博士課程の学生をたくさん輩出し,外部資金を大量に導入して,国際的な活動もして,さらに教育もがんばれ,という現在のスタンスは,たやすく破綻すると思う。なかにはすべてにおいて有能なスーパーマン教授がいるだろうが,普通の教授にそれを求めるのは酷だ。スーパーマン教授に頼らないで,システムとしての大学教育を模索していかないといけない。研究そして大学運営などに対する適正な評価と同様に,教育に対する貢献度の適正な評価を行い,がんばっている教員をほめるシステムを作り上げなければならない。もちろん,そのとき,言葉だけでほめるのではなく,経済的にほめなければいけないと思う。