大須賀(O),足立(A),下館(S)の3人で「OASの会」(正式名称は科学哲学研究会)を作り,いろいろ議論しています。ちょっとおもしろい議論があったので,ここに残しておきます。
ヨーロッパにおける「ラテン語」の位置について
OAS(大須賀,足立,下館)鼎談(three-way conversation: twc)
twc01— 2025年8月17日 17:12 足立発信
ちょっと気になったことがあります。
1687年にケンブリッジ大学のアイザック・ニュートンが「プリンキピア」(自然哲学の数学的諸原理)という有名な本を出版します。シェイクスピアの時代のちょっと後です。この原著は,英語ではなくラテン語で書かれていました。
ケンブリッジ大学のコレッジのディナーのとき,コレッジマスターがラテン語でお話ししてから,食事が始まることを思い出しました。
先日の大須賀シンポジウムで下館さんが,シェイクスピアが英国人に英語をとり戻させた,というお話がありました。それまで英国がフランスに支配されていたことは何となく知っていましたが,下館さんのお話しはとても新鮮に聞こえました。
英国の科学者がいつごろから英語を使って論文や本を書き始めたのか,興味が湧きました。
twc02— 2025年8月18日 5:35 下館発信
シェイクスピアが生まれた時(1564年)の教会の記録はラテン語でしたが、亡くなった時(1616年)の記録は英語でした。たった52年の間に、少なくとも英国では、公用語が急速にラテン語から英語に変わったのです。これがシェイクスピアの、実は、最大の功績と言われているほどです。
しかし、大陸ではまだ公用文書はすべてラテン語でした。14世紀のイタリアの詩人ダンテは、『神曲』を敢えてラテン語ではなく、ダンテの故郷のトスカーナ語で書きましたが、そのことで、彼はどれほど馬鹿にされたかわかりません。イギリスのシェイクスピアとイタリアのダンテの共通点がここにあります。
ラテン語はローマ帝国時に生まれ、あらゆる分野がラテン語で記録されました。カトリックの公用語となりますから、絶大な力を持ち、ローマ帝国が分裂しても、ラテン語は滅びません。西ローマ帝国が滅んでも(4世紀)そして、東ローマ帝国が消えた頃(15世紀)になって、近代国家が誕生しますから、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルオランダ、、、それぞれの国がそれぞれの言語を持ち始めることで、ラテン語は揺らいでいきます。
宗教改革(16世紀初頭)で、プロテスタントが台頭したことも大きかったと思います。18世紀末からの産業革命がイギリスで動き出すと、英国の言語はニュートンの科学、悪名高い三角貿易、植民地拡大で、大英帝国の言語となっていき、ラテン語をあらゆる分野で凌駕していきます。ローマ帝国ならぬ大英帝国の時代になるわけです。ローマ帝国のラテン語!大英帝国の英語!
ですから、実は、18世紀までは、ラテン語がまだ力を持っていました。正確に言えば、19世紀になると、一気にラテン語は衰退していきます。
しかし、中世ヨーロッパの知は、すべてラテン語で考えられ、書かれていましたから、ヨーロッパの知の分母は、圧倒的にラテン語の発想でできています。イタリアもドイツもフランスもイギリスも、そこから生まれています。
twc03— 2025年8月18日 15:50 足立発信
ほぼずーっと日本語を使い続けている日本という国はその意味では幸せな国だなと感じました。そして,ヨーロッパにはいろいろな言語がありますが,その背景はラテン語でつながっているのだということを認識しました。
また,ちょっとピントがぼけているかもしれませんが「はじめに言葉ありき」 という聖書の言葉を思い出しました。
twc04— 2025年8月19日 6:55 下館発信
ダンテを学んでいなければ、ラテン語の意義、意味を考えることは、なかった、と思いますね。エリオットの「ダンテ論」は、二十歳の時に、イギリスの本屋で、山積みになっていた、青空色の装丁の美しい T.S.Eliot の Selected Essays(1932)の中に収められていて、気がつけば手にしていて、食べるように読んだのを、覚えています。
エリオットは、こう言うのです。ダンテの時代、つまり中世期、ヨーロッパはひとつだった。なぜなら、誰もがラテン語で考え、思い、書いていたからだ。
近代になって、国家が誕生し、ナショナリズムが生まれて、ばらばらに、なっていったわけです、思考法が。ラテン語は、極めて logical で明晰なので、学問は、ラテン語をもって、育っていくわけです。足立さんが言及した、「初めにことばありき」は、ラディカルな深みを持っているということですね。
ヘレン・ケラーが、言っていましたね、ことばが私を開いた、と。ことばは、伝達の手段、というのは、一面に過ぎません。ことばが、思考を生み、感性を刺激し、世界を構築していくんです。旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語。しかしローマ帝国は、共にラテン語に変えたわけです。ラテン語は、しかし、大衆とは無縁だった。
ケンブリッジで、学者や聖職者が、今もって、ベネディクトベネディクトタスみたいに呟いているのは、わかんないでしょ、
君たちには、教えてあげる、と、言う、上から目線です。イギリスのウィクリフ、チェコのフス、ドイツのルター、がそれに、ある意味、反旗を翻していくわけですね。ラテン語への反発は、カトリックへの反発でローマ帝国への反発です。
16世紀、シェイスビアのイギリスで、聖書が英訳されます!ウィクリフやティンデールの後に続いて。ラテン語から、ヨーロッパがよく見えるんです。
足立さんの質問は、鍵になりましたね、大きな扉の!
twc05— 2025年8月19日 7:12 大須賀発信
面白いですねぇ,OASの会は!
なるほど,ラテン語というのは非常に重要な言語だったんですね.そうかぁ,ヨーロッパはラテン語で一つだったんですか.人は言語で考えるので,思考内容や思考方法はものすごく言語依存になりますよね.日本人の思考は日本語思考ですし,英語人は英語思考になります.
最近,学会でも「母国語で論文を書きましょう」といわれています.足立さんは前から SICE でそう言ってますが,日本機械学会でもそのようなことを言い始めています.なので,学問も日本独特のものが生まれるはずで,それは AI についても同様だと思います.
日本人のこれまでの癖で,アメリカの後を追うことばっかりするので,そりゃだめですわ.先日NHKのドラマで「シミュレーション」というのがあって,実在した「総力戦研究所」のドラマなのですが,その中で,当時,アメリカと日本の国力を比較する場面があって,さまざまな分野で,アメリカは日本の10~20倍だったそうです.
その関係はAIなどではそのままです.だからアメリカの後を追うのではなく,日本独自の考え方を出さないといけないと思っています.言葉だけですが,AI(Asian Intelligence)というものです.
なんか話がずれてきてしまいましたが,「言語」というのはほんと大事だと思います.
twc06— 2025年8月19日 7:54 足立発信
朝からすばらしい OAS の議論,ありがとうございます。いろいろなことが腑に落ちました。ヨーロッパの科学の根っこはラテン語だったのですね。
大須賀さんのコメントもありがとうございます。NHK のシミュレーション,見ました!
内容,そして配役が素晴らしく,さすが NHK だと感心しました。
不定期に思いますが,OAS の議論のほとんどはたわいのないモノが多いですが,ときどき今回のように良い議論をしています。何かまとめる作業を,おそらく私が始めなければいけないと考えています。
twc07— 2025年8月19日 8:10 下館発信
緩急が大事なのでしょうね。いつもふざけていて、緩い(笑)
しかし、いざとなると、いきなり、みなさん、底力を見せる(笑)。スイッチ入ると、OAS 無敵になりますね(笑)。
cheers